デビューして間もない頃に、サー・ジョージ・マーティンの”In My Life”というアルバムの日本盤に参加できるという奇跡に恵まれ、ロンドンに飛んだ。
ホテルの部屋にはバラの花束が届いていた。
翌朝、ここで待っていてと通されたスタジオ併設のカフェでドキドキして待っていると、パウンドケーキとコーヒーを持ってゆるゆると私に向かって歩いてきて「よく来たね」とケーキを差し出してくれたのがジョージさんだった。
ビートルズの名曲群を著名人が歌うというコンピレーションアルバム。
私みたいなひよっ子がそこに混ざる違和感。でもそんなの気にしてたらあの幸運は逃げて行ってただろう。この中のどれかを歌ってほしいとジョージさんが私のために選んでくれた3曲の中にBlackbirdがあった。実はそのリストをもらう前からBlackbirdが歌いたいと心で願っていた。以心伝心だった。
既に録音済みだったギタートラックは事前にもらって何度も聴いてきたし、歌う練習もしてきたけど、あんなにガチガチに緊張したレコーディングは後にも先にもあの時だけだ。 目の前にジョージさんと彼の息子さんで共同プロデューサーのジャイルズさんがいて、他にもスタッフが凝視する中、一度歌ってみたものの、正直それがよかったのか悪かったのかもわからずモジモジしていると、ジョージさんがブースに入ってきて私に寄り添って、「自分の好きなように、自由に歌ったらいいんだよ。時間はいくらでもあるからね。」と言ってくれた。一気にリラックスして練習のつもりで3テイクほど録ったら、なんとそれでOKが出てしまった。あっという間だった。
もっとこんな風に歌えばよかった、とか、もっとこんな風に崩して歌ってもよかったのかな?とか、後から色々悔やまれたけど、もしかしたらあの時の私に求められていたのは、外連味のない真っ直ぐな歌だったのかなとも思う。
自由を勝ち取るために、真っ直ぐ飛び立つ鳥の歌。
ちょっぴり苦くて、でも贅沢で至福だった私の思い出。
優しくて紳士で、音楽に対して真摯で、そして圧倒的に温かいお人柄。
5人目のビートルズがそっと旅立っていった今、ポールとリンゴはどんなことを思い起こしているんだろうと想像する。
Sir George Martin、たくさんの音楽の魔法を残してくださってありがとうございます。
Your music is immortal.
どうぞ安らかに。
